めまい・ふらつき・慢性痛との関係を神経学から解説
立っているとき、私たちは常に重力に引っ張られています。
それでも倒れないのは、どこかの筋肉が勝手に働いて姿勢を支えてくれているからです。
この「倒れない仕組み」の中核を担っているのが、耳の奥の前庭器官と、それに連動して働く前庭脊髄反射(VSR)です。
この記事は、
三半規管(センサー) → 前庭動眼反射(VOR:視線の安定) → 前庭脊髄反射(VSR:姿勢と慢性痛)
と続く「前庭三部作」の③姿勢・慢性痛編にあたります。
基礎となる三半規管と視線の安定については、
目を閉じてもフラフラしない秘密!三半規管がバランスをとる仕組み』
頭が動いても視界はブレない!前庭動眼反射(VOR)の仕組みと整え方』
を先に読んでいただくと、今回の内容がよりスッと入ってくると思います。
ここでは、下記を整理してお話しします。
-
前庭脊髄反射(VSR)が姿勢バランスをどう支えているのか
-
VSR の乱れが「ふらつき」だけでなく「首こり・腰痛などの慢性痛」とどう関係するのか
-
神経学的な整体の視点から、どこを見ていくのか
※ 強いめまい・難聴・激しい頭痛などを伴う場合は、まず病院での検査・治療を優先してください。
1. 前庭脊髄反射の前に反射とは?
前庭脊髄反射(VSR)を理解する前に、「反射」とは何かを軽く整理しておきます。
反射とは、特定の刺激が入ったときに「どうしようかな?」と考えるより先に、身体が自動的に起こす素早い反応のことです。
たとえば、熱いヤカンに触れた瞬間に手を引っ込める。
膝のお皿の下を軽く叩かれると、足がピョンと跳ね上がる。
これらは、どちらも反射です。
多くの反射は、脳ではなく「脊髄」が中心になって命令を出します。
-
通常の流れ:手 → 脊髄 → 脳 → 指令 → 手
-
反射の流れ:手 → 脊髄 → 手(ここで素早く反応)
この「ショートカット」を使うことで、危険から素早く身を守ったり、動きをスムーズにすることができます。
前庭脊髄反射(VSR)も同じく、「よし、バランスを取ろう」と意識しなくても身体が勝手に姿勢を保とうとする自動調整システムのひとつです。
2. バランスのセンサー「前庭」
前庭脊髄反射のスタート地点は、耳の奥(内耳)にある前庭という器官です。
前庭は音を感じ取る蝸牛(かぎゅう)のすぐ隣にあり、頭の動きや身体の傾きを感知する「バランスのセンサー」です。
前庭には、主に次の2つのセンサーがあります。
-
三半規管→ 頭の「回転」を感知
-
耳石器(卵形嚢・球形嚢)→ 頭の「直線的な動き」や「どちら側に傾いているか」を感知
三半規管は、互いに直角に配置された3本の細い管で、中はリンパ液で満たされています。
頭が回るとリンパ液が流れ、その流れが感覚細胞を刺激します。
この刺激が「どの方向に、どれくらいの速さで回転したか」という情報になって脳へ送られます。
耳石器には、小さなカルシウムの粒(耳石)が入っています。
頭を傾けたり、エレベーターや電車の加速・減速を受けたりすると、耳石が重力や加速の影響でズレます。
耳石の下にある感覚毛がそのズレを感じ取り、「どちら側にどれくらい傾いているか」「どの向きに加速しているか」を脳へ伝えます。
これらの情報が前庭神経を通って脳幹に届き、その先で「姿勢をどう支えるか」「どの筋肉にどれくらい力を入れるか」という調整につながっていきます。
※ 前庭と目の動き(前庭動眼反射:VOR)の関係について詳しく知りたい方は、
『頭が動いても視界はブレない!前庭動眼反射(VOR)の仕組みと整え方』
も合わせて読んでみてください。
3. 前庭脊髄反射(VSR)が姿勢をどう支えているか
前庭脊髄反射(Vestibulo-Spinal Reflex, VSR)は、前庭がキャッチした「頭の動き」や「身体の傾き」の情報をもとに、脊髄を通じて全身の筋肉に指令を送り、姿勢とバランスを自動で調整する仕組みです。
流れをシンプルにすると、次のようになります。
-
前庭が頭の動きや傾きを感知する
身体が傾いたり、頭が動くと、三半規管や耳石器がすぐにそれを感じ取ります。 -
脳に情報が送られる
感じ取った情報は前庭神経を通って脳幹などに伝えられます。 -
脊髄に「こうやって支えなさい」と命令が送られる
脳幹から脊髄に向かって、「どの筋肉をどれくらい働かせるか」という指令が出されます。 -
筋肉が自動的に反応して姿勢を支える
脊髄から筋肉へ命令が伝わり、必要な筋肉が縮んだり緩んだりして、姿勢が調整されます。
この情報の通り道が前庭脊髄路です。
前庭脊髄路という神経の高速道路があるおかげで、「前庭で感じる → 脊髄へ指令 → 筋肉が反応」という流れを一気に走らせることができます。
4. 外側前庭脊髄路と内側前庭脊髄路
前庭脊髄路には、大きく分けて2つのルートがあります。
-
外側前庭脊髄路→ 主に体幹や手足の筋肉へ指令を送る
-
内側前庭脊髄路→ 主に首や上半身の筋肉へ指令を送る
外側前庭脊髄路は、重力に逆らって姿勢を支える抗重力筋の働きを整える役割が大きいと考えられています。
まっすぐ立つ、歩行時に体がガクッと沈まないよう支える、などに関わります。
内側前庭脊髄路は、頭の位置と姿勢の関係を調整する役割が強いと考えられています。
身体が多少揺れても、頭が過度にグラグラしないように支え、視線が大きく傾かないように保つ働きが含まれます。
この2つのルートが協力することで、「身体全体のバランス」と「頭や視線の安定」が同時に保たれています。
5. 日常で働いている VSR の具体例
前庭脊髄反射(VSR)は、日常のさまざまな場面で無意識のうちに働いています。
-
でこぼこ道を歩くとき
足元が不安定でも、前庭が身体の傾きを感知し、体幹や足の筋肉に「ここで踏ん張れ」と指令を出して転ばないように調整する。 -
電車の急停止時
身体が前に倒れそうになると、背中側や足の筋肉がグッと働き転倒を防ぐ。 -
片足立ちになったとき
身体がグラつきそうになるたびに、前庭からの情報をもとに体幹や足の筋肉の力が微調整されて姿勢の維持を助ける。
こうした当たり前できていることの裏側で、前庭脊髄反射(VSR)が常に働き続けています。
6. VSR の乱れとめまい・ふらつき・慢性痛
前庭脊髄反射の働きが乱れると、めまい・ふらつき・バランス不良だけでなく、首こりや腰痛などの慢性痛につながることもあります。
6-1. VSR が乱れる原因の例
原因はひとつではなく、複数の要因が重なっていることも多いです。
-
内耳や前庭そのもののトラブル
例:内耳炎、前庭神経炎、良性発作性頭位めまい症(BPPV)など -
頭部外傷・むち打ちなどのケガ
頭や首への衝撃で、前庭と脊髄や筋肉をつなぐ経路が影響を受ける場合がある -
加齢による変化
前庭センサーや筋力の低下により、バランス調整力が落ちる場合もある -
慢性的なストレスや緊張
全身の筋緊張が強まり、前庭情報と身体感覚のミスマッチが起こりやすい -
首のトラブル(頚性めまいなど)
首の筋肉・関節の問題が、前庭情報の処理や頭の位置感覚に影響する場合がある -
脳幹・小脳など中枢側の問題
前庭情報を処理する脳の部位にトラブルがあると、バランス調整そのものが乱れます。
こうした要因によって前庭脊髄反射がうまく働かなくなると、めまい・ふらつき・転倒リスクの増加・姿勢不良などが起こりやすくなります。
6-2. バランス不良と姿勢・慢性痛の悪循環
VSR が弱っていたり、うまく働きにくくなっていると、身体は「なんとか転ばないように」別のやり方でバランスを取ろうとします。
-
ふらつきを抑えるために、首や肩の筋肉を必要以上に緊張させる
-
体幹が不安定な分、腰周りの筋肉で過剰に支えようとする
-
一部の筋肉だけを頼って立つ・歩くクセがつく
その結果、慢性的な首こり・肩こり・腰の重だるさや慢性腰痛・猫背や反り腰等の姿勢全体の崩れといった問題が続きやすくなります。
これは、ボディマップ(脳内の身体地図)と「危険予測」の変化とも関係します。
・バランスが不安定で身体の情報があいまいになる
・脳は「この姿勢では危ないかもしれない」と判断しやすくなる
・防御のために筋肉を固める・動きを制限する
・筋肉のコリや痛みが続く
こうした悪循環を、当院では下記で別の角度から詳しく解説しています。
『脳が描く身体の地図「ボディマップ」/神経学的整体で痛みを整える理由』
『脳が安心すると痛みが減る ― 神経学トレーニングとは?』
『小脳から考える運動療法|痛み・しびれを「危険予測」とボディマップから改善』
7. 一般的な整体で変わらなかった方へ 〜まとめ
前庭脊髄反射(VSR)は、
-
耳の奥の前庭器官で頭の動き・身体の傾きを感知し
-
脳幹・脊髄を通じて全身の筋肉に指令を出し
-
意識しなくても姿勢とバランスを整える
ための、とても重要な反射システムです。
この仕組みに乱れがあると、めまい・ふらつき・バランス不良・慢性の首こり・肩こり・腰痛・姿勢の崩れからくる全身の負担といった問題につながる可能性があります。
筋肉だけを揉んだり、骨格の形だけを整えても変化が乏しい場合、「前庭脊髄反射(VSR)や前庭機能」「ボディマップと危険予測」といった脳・神経側の働きを整えていく視点が役立つことがあります。
高槻市の「ぎの整体院」では、
-
前庭機能(VOR・VSR)
-
ボディマップ
-
小脳による動きのチェック
-
脳の危険予測
といった神経学的な視点から、めまい・ふらつき・姿勢の不安定さ・慢性痛などの改善を目指したアプローチを行っています。
この VSR 記事は、
三半規管の仕組みを解説した基礎編
『目を閉じてもフラフラしない秘密!三半規管がバランスをとる仕組み』
視界の揺れと「手ぶれ補正」を扱った VOR 編
『頭が動いても視界はブレない!前庭動眼反射(VOR)の仕組みと整え方』
とセットで読むことで、「バランス」「視界の安定」「慢性痛」のつながりを、前庭三部作として整理しやすくなると思います。
「筋肉や骨だけじゃなく、神経の働きからも見直してみたい」という方は、三半規管・VOR・VSRの三つの視点を、ひとつの地図として使ってみてください。
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