整体やリハビリで「関節を整えると力が出やすい」と言われたことはありませんか?
これを気合い・思い込みだけで片づけるのはもったいないです。
関節の中にはセンサーがあり、そこからの信号が脊髄の反射回路や脳の動きの調整システムに影響します。
結果として、筋肉の出力が上がったり下がったりすることがあります。
ここで言う動きの調整システムは、姿勢や動きの出し方をまとめて調整する脳のしくみのことです。
前回の基礎編では全体像を扱いました。
今回は専門編として、受容器(センサー)→脊髄→筋肉の流れを、専門用語も含めて理解できる形で深掘りします。
基礎編はこちら
関節運動反射とは?体が勝手に筋肉をコントロールする仕組み【基礎編】
1. 関節運動反射のカギは「4種類の受容器」
関節周囲の感覚センサーは複数あります。
ここでは臨床で説明に使われやすい「I〜IV型」の枠組みで整理して紹介します。
これらのセンサーは、それぞれ異なる情報をキャッチして、身体の安全を守っています。
整体施術では、これらのセンサーに適切な刺激を与えることで、神経系の反応を変化させることを狙っています。
これから出てくる、「ルフィニ終末に似た」「パチニ小体に似た」などは、形や反応が似ているとの表現です。
同じ受容器そのものという意味ではありません。
1-1. I型受容器が関節の位置を常に監視
I型受容器の特徴
- ルフィニ終末に似た構造
(ルフィニ終末は、皮膚や関節にある感覚センサーの一種で、圧力や伸びを感じ取る受容器) - 少しの刺激で反応する(低閾値)
- ゆっくりと順応する(刺激が続いても反応し続ける)
I型受容器の役割は、関節が今どの角度にあるかを常に脳に伝えています。
立っているとき、座っているとき、関節の位置を絶えず監視し、姿勢の維持に重要な役割を果たします。
たとえば、目をつぶっても自分の腕がどこにあるかわかるのは、このI型受容器が働いているからです。
整体やカイロプラクティックでは、このセンサーに働きかけて「正しい位置の感覚」を取り戻すことを目指します。
1-2. II型受容器が動きの変化を敏感に察知
II型受容器の特徴
- パチニ小体に似た構造
(パチニ小体は、皮膚の深層にある感覚センサーで、振動や素早い圧力の変化に反応する受容器) - 少しの刺激で反応する(低閾値)
- 素早く順応する(刺激が続くと反応が弱まる)
II型受容器の役割は関節の素早い動きや振動を感知します。 動き始めや方向転換時の情報を提供し、スムーズな動作に欠かせません。
たとえば、歩き始めるときや、ジャンプして着地するときなど、動きの変化をキャッチしているのがこのII型受容器です。
モビライゼーション(関節を動かす手技)は、このセンサーを活性化させる効果があります。
1-3. III型受容器が危険な動きにブレーキをかける
III型受容器の特徴
- ゴルジ腱器官に似た構造(ゴルジ腱器官とは、筋肉と腱のつなぎ目にあるセンサーで、筋肉にかかる張力を感知する受容器のこと)
- 強い刺激で反応する(高閾値)
- ゆっくりと順応する(刺激が続いても反応し続ける)
III型受容器の役割は関節が極限まで曲げ伸ばしされたときや、強い圧力がかかったときに反応します。
「これ以上動かすと危ない」という警告を発し、筋肉の出力を抑制します。
たとえば、関節が無理な角度まで曲げられそうになったとき、自動的に「これ以上は危険」とブレーキをかけるのがこのIII型受容器です。
ケガや関節の不調があると、このセンサーが過敏になり筋肉が働きにくくなることがあります。
1-4. IV型受容器が痛みと炎症を脳に伝える警報システム
IV型受容器の特徴
- 自由神経終末
(神経の枝分かれした先端が、特別な構造を持たずに組織内に自由に広がる形のセンサー) - 強い刺激で反応する(高閾値)
- 痛みや炎症に反応する
IV型受容器の役割は組織が損傷したり炎症が起きたりしたときに活動する、「痛みセンサー」で侵害受容器と言われます。
関節に異常があることを強く知らせ、防御的な筋緊張を引き起こします。
他の受容器みたいに「〜似た構造」ではなく、自由神経終末そのものです。
他の3つのセンサー(I型、II型、III型)が「動きや圧力」を感知するのに対し、IV型受容器だけは「痛みや組織のダメージ」という危険信号を伝える特別なセンサーです。
整体では、このセンサーからの異常信号を減らすことが、痛みの軽減につながると考えます。
2. 反射経路は「受付→中継→司令」で回っている
専門用語が続くので、先に用語の簡単なイメージを書いておきます。
イメージが作れれば、後の内容が一気に読みやすくなります。
-
脊髄
背骨の中を通る、脳と身体をつなぐ大通り -
脊髄後角
感覚の情報が入ってくる受付 -
介在ニューロン
情報を仕分けしてつなぐ中継 -
α運動ニューロン
筋肉へ「縮め」を出す最終司令 -
筋紡錘
筋肉の中の伸びセンサー -
γ運動ニューロン
筋紡錘の感度つまみ
結論を先に言うと、
受付に入る情報が「安全寄り」か「危険寄り」かで、司令(α)が変わるという話です。
2-1. 反射の基本ルート「脊髄後角→介在ニューロン→α運動ニューロン」
関節の受容器(センサー)から上へ向かう信号(求心性信号)は、背骨の中の神経(脊髄)に入ります。
入った先が、脊髄の受付である脊髄後角です。
そこで介在ニューロン(中継)を介して、筋肉へ命令を出すα運動ニューロンに影響します。
-
α運動ニューロン
筋肉を動かす運動ニューロン(筋収縮に直結)
ここが興奮しやすいほど、筋肉は力を出しやすくなります。
つまり、関節の信号が変わると、脊髄レベルで筋肉の出力が変わることが起きます。
2-2. 動きの調整システムが全体を調整する(脳幹・小脳・大脳皮質)
関節運動反射は、まず「脊髄で回る速い回路」が中心です。
だから、関節の状態や刺激が変わると、その場で力の入りやすさが変化することがあります。
ただ、それだけで終わりません。
関節や筋肉から入った感覚情報の一部は、脳にも上がっていきます。
動きの調整システムは、その情報を使って「この動きは安全か」「どれくらい力を出していいか」「どの筋肉をどの順番で働かせるか」を調整します。
代表が、脳幹・小脳・大脳皮質の3つです。
ざっくり言うと、脳幹は姿勢の土台、小脳は動きの微調整、大脳皮質は狙って動かす担当です。
この調整が入るので、次の両方が起こり得ます。
- 一回で動きが変わっても、しばらくすると戻る。
- 逆に、繰り返すことで動きが安定して定着する。
ぎの整体院では、動きの調整システムによる調整まで含めて考えます。
関節の動きや感覚の入力の質を変え、脳が「動かしても大丈夫」と判断しやすい条件を作る。
その結果として、出力(動きや力の出しやすさ)が変わる、という見方です。
この考え方のベースになる「入力→解釈→出力」の全体像は、まずこちらで押さえると理解が早いです。
神経学トレーニングとは|脳神経学の視点で考える
2-3. 筋紡錘とγ運動ニューロンは「筋肉の反応の鋭さ」を決める
関節運動反射を語るとき、もう一つ重要なのが筋紡錘(きんぼうすい)です。
筋紡錘は筋肉の中にある「伸びセンサー」で、筋肉がどれくらい伸びたか、どれくらい速く伸びたかを見張っています。
たとえば、腕を急に引っ張られると反射的に力が入ります。
これは筋紡錘が「急に伸びた」と検知して、筋肉を守る方向に働くからです。
そして、その筋紡錘の感じやすさを調整しているのが、γ(ガンマ)運動ニューロンです。
γ運動ニューロンは、筋紡錘の感度を上げ下げして、筋肉がどれくらい敏感に反応するかを変えます。
-
感度が上がる → 少しの変化でも反応しやすい(力みやすい)
-
感度が落ち着く → 必要なときに必要な分だけ反応しやすい(動きが出やすい)
つまり、筋肉の「力みやすさ/抜けやすさ」は、筋肉だけで決まらず、筋紡錘とγの設定でも変わります。
2-4. 関節の入力が「筋肉の過敏さ」を左右する
ここで関節の話に戻ります。
関節には感覚センサー(メカノレセプター/機械受容器)があり、関節の位置・動き・圧の情報が脊髄と、脳の動きの調整システムへ入ります。
この入力がはっきりしていると、身体は状況をつかみやすくなり、守りを過剰にしなくて済みます。
その結果、筋紡錘の感度も落ち着きやすく、筋肉は必要以上に構えにくくなります。
逆に、関節の情報がぼやけたり偏ったりすると、身体は「よく分からない」を埋めるために守りを厚くしやすいです。
このとき筋紡錘の感度が上がりやすく、筋肉が過敏に反応して、力みやすい・動きが小さくなる方向に寄ることがあります。
当院でいう神経ストレッチや神経学トレーニングは、筋肉を伸ばすことが目的ではありません。
関節や感覚の入力を整えて「動かしても大丈夫」と判断しやすい条件を作り、結果として出力(動き・力の出しやすさ)が変わるのを狙います。
ここは「今この瞬間の筋肉の反応の鋭さ」の話で、次の3章は「それが続いたときに起きる学習(ボディマップ)側」の話です。
神経ストレッチの位置づけは、ここで説明しています。
神経ストレッチの目的|“伸ばす”以外の狙い
3. 関節原性筋抑制(AMI)で「治ってるのに力が戻らない」
3-1. 関節からの異常信号が筋肉をロックする関節原性筋抑制
関節を痛めたとき、筋肉自体は無傷でも力が入らなくなる現象が
「関節原性筋抑制(AMI:Arthrogenic Muscle Inhibition)」
です。
関節原性筋抑制はケガをした人の多くが経験します。
「リハビリを頑張っているのに筋力が戻らない」という悩みの背景には、関節原性筋抑制が関わっていることが多いです。
関節原性筋抑制が起こる仕組み
- 関節の損傷や炎症により、IV型受容器(痛みセンサー)が過剰に活動
- III型受容器(圧力センサー)も異常な信号を送る
- これらの信号が脊髄のα運動ニューロンの興奮性を低下させる
- 結果として、筋肉に「力を出すな」という指令が送られる
関節原性筋抑制は防御反応ですが、問題はケガが治った後も続いてしまうことです。
3-2. 中枢レベルの変化でボディマップが書き換わる
関節原性筋抑制(AMI)が長引くと、問題は「関節の周り」だけで終わらないことがあります。
だんだん、脳の身体のイメージそのものがズレていきます。
例えばケガ後は、無意識にかばう・動かす量が減る・使い方が偏るなどが起こります。
この状態が続くと、脳は「その関節や筋肉は、あまり使わない前提」で動きを組み立てるようになります。
脳には「この筋肉を動かす担当エリア」があります。
関節原性筋抑制が続くと、その担当エリアが元気をなくしたように働きが下がることがあります。
本人は頑張っているのに、次のようになりやすいです。
-
力を入れているつもりなのに入らない
-
以前より反応が遅い
-
すぐ別の場所で代わりに動いてしまう
3-3. ボディマップのズレが残ると「動きの戻り」が遅くなる
脳は、目・耳・関節などから入る情報を材料にして、「身体は今こうなっている」というイメージ図を更新しています。
ところが、痛みや怖さで動きが小さくなったり、使い方が偏ると材料になる情報も偏ります。
すると脳は、次のようにイメージ図を組み替えることがあります。
-
その部位の存在感を小さく見積もる(=使いにくい)
-
別の部位に仕事を任せる(=代わりに頑張る場所が増える)
この「脳の身体のイメージ図」を、当院では地図に例えてボディマップと呼びます。
イメージが湧きにくい方は、まずこちらを読むと理解が早いです。
脳が描く身体の地図「ボディマップ」
関節自体が回復してきても、ボディマップ側のズレが残ると、動かし方が元に戻りにくくなります。
すると、力の出し方がぎこちなくなったり、代償のクセに寄りやすい状態が続きやすいです。
結果として「治ったはずなのに戻り切らない」「同じ違和感をくり返す」につながることがあります。
ぎの整体院では、筋肉を伸ばすためではなく、関節の動きと感覚の入力を増やして、ボディマップが更新されやすい条件を作ることを重視します。
ボディマップは「予測」とセットで働くので、こちらも合わせて読むとつながりが分かりやすいです。
ボディマッピングと予測の関係
3-4. 膝の手術後の大腿四頭筋萎縮が起こる典型例
膝の手術(前十字靭帯の再建術など)のあと、太ももの前(大腿四頭筋)が落ちやすいのはよくある話です。
「歩けるのに階段がつらい」「しゃがむのが戻らない」「太ももだけ細い」などが典型です。
ここで大事なのは、筋肉が弱い=筋肉だけの問題で終わらないことがある点です。
術後の膝は、痛みが強くなくても「腫れぼったい・熱っぽい・怖い・動きがぎこちない」などが残りやすく、身体は膝を守る方向に寄ります。
すると、膝を支える場面で中心になる大腿四頭筋の出力が控えめになりやすいです。
その代わりに、身体は動作を成立させるために、お尻・太もも外側・ふくらはぎ・股関節等などで補うように働きます。
その時点では自然な工夫ですが、続くと狙った大腿四頭筋に刺激が入りにくい状態が固定されやすくなります。
だから、ぎの整体院では、筋トレの前に「運動が効きやすい条件」を作ることも重視します。
運動療法を鍛えるだけでなく、狙った動きがイメージ通りに出るかまで含めて見ていく考え方です。
運動療法で痛み・しびれを神経から改善するコツ
4. 整体・徒手療法で何を狙っているのか
4-1. 関節のセンサーに質のいい入力を増やす
関節モビライゼーションは整体師が手で関節を動かす施術です。
目的は、関節のセンサーに適切な刺激を与えることです。
関節をやさしく動かす手技は、関節包や靭帯の受容器に刺激を入れて、入力の質を変える狙いがあります。
-
メカノレセプター(機械受容器)の正常化
I型・II型受容器に適切な刺激を与えて、脳が安全判断が出来るようにする -
抑制信号の減少
III型・IV型受容器からの異常な信号を減らし、筋肉への抑制を解除する
整体院では、この原理を応用して施術直後の変化を確認しながら進めていきます。
4-2. バキバキ整体で瞬間的な刺激を与える効果
バキバキ整体は、高速で小さな振幅の関節操作です。
関節を「バキッ」と素早く動かすと、関節を包む袋(関節包)や靭帯が一瞬で伸ばされます。
すると、その中にあるセンサー(メカノレセプター)が「強い刺激が来た!」という信号を脊髄に送ります。
この強い信号が脊髄に届くと、脊髄にある筋肉を動かす神経(運動ニューロン)が刺激されます。
すると、それまで抑制されていた(ブレーキがかかっていた)神経の働きが解除され、活発に働けるようになります。
この結果、脊髄レベルでの筋活動パターンがリセットされ、一時的に筋力が出しやすくなる効果が研究で報告されています。
施術直後に「あれ、力が入りやすい」「可動域が広がった」と感じるのは、この神経系の変化によるものです。
「バキッ」という音がすることもありますが、これは骨が動いた音ではありません。
関節の中の気泡が弾ける音で、指の関節を鳴らすのと同じ現象です。
4-3. 神経学トレーニングで脳から身体を整える
ぎの整体院が取り入れている神経学トレーニングは、Functional Neurology(機能神経学)を実際の評価とトレーニングに落とし込んだものです。
動きの調整システムがどう働いているかを見て、必要な入力を選び直し、出力(動きや力の出しやすさ)を変えていく考え方になります。
基本の発想はシンプルです。
関節から入ってくる入力は、脳の働きに影響する。
逆に言えば、関節へ適切な刺激を入れて入力の質が上がると、脳は「動かしても大丈夫」と判断しやすくなり、身体の使い方が変わっていく可能性があります。
この考え方では、全身の関節を丁寧に動かすドリル(関節をいろんな方向へ動かす練習)を重視します。
目的は、関節からの良質な感覚入力を増やして、脊髄と動きの調整システムが「動かしても大丈夫」と判断しやすい状態を作ることです。
その結果として、筋出力や柔軟性がその場で変化することがあります(ただし個人差はあります)。
また、股関節へのモビライゼーション後に下肢の筋出力が変化し、その後の筋力トレーニングの効きやすさに影響する可能性を示す報告もあります。
整体の現場でも、トレーニング前に関節の動きを整えて「力を出しやすい状態」を作り、運動の効果を高めようとする試みが行われています。
※神経学トレーニングの考え方(入口=入力の見方)を先に押さえたい方は、こちら。
神経学トレーニングとは
5. エビデンスと限界をどう見るか(現実的な位置づけ)
関節への刺激で筋出力が即時に変わる報告はあります。
一方で、長期的にどこまで持続するかは研究の積み上げ途中です。
当院としては、ここをこう捉えます。
-
その場の変化は「入口(入力)の質が変わったサイン」になり得る
-
定着には「繰り返しの学習(ボディマップの更新)」が要る
-
ソフト整体・神経ストレッチ・運動療法を組み合わせる
※一般的な「筋肉を伸ばすためのストレッチ」を勧めたいわけではありません。
当院で言う神経ストレッチは、入力や運動制御の質を変えるという意味合いで扱います。
神経ストレッチの目的|“伸ばす”以外の狙い
6. 関節運動反射【専門編】まとめ
-
関節には複数の受容器があり、入力が筋の出力に影響する
-
反射回路は「脊髄の受付→中継→司令(α)」で超高速に回る
-
γ運動ニューロンと筋紡錘が、筋の“敏感さ”にも関わる
-
関節原性筋抑制が長引くと、ボディマップの更新が進みにくいことがある
参考文献・出典(要点)
-
Sherrington C. S. The Integrative Action of the Nervous System.(神経反射の古典)
-
Guyton & Hall. Textbook of Medical Physiology.(脊髄反射・運動ニューロンの基礎)
-
Kandel ER, et al. Principles of Neural Science.(運動制御・可塑性の基礎)
-
AMI(関節原性筋抑制)に関する総説:膝関節障害後の大腿四頭筋抑制のレビュー群(複数)
※「I〜IV型受容器」の分類は古典的枠組み(Freeman & Wykeの流れ)に基づく説明で、現代では細部の整理は研究が進行中です。
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