頭が動いても視界はブレない!「前庭動眼反射(VOR)」の驚くべき仕組みと日常生活での役割

1.前庭動眼反射(VOR)の定義と役割

前庭動眼反射 二宮金次郎 歩きスマホ

前庭動眼反射(Vestibulo-Ocular Reflex, VOR)は、日常生活において視覚を安定させるために不可欠な反射です。
反射とは、意識的な思考を介さずに特定の刺激に対して身体が自動的に起こす反応のことです。

前庭動眼反射(VOR)とは頭が動いた際、その動きに応じて眼球を補正方向に動く反射です。
そのおかげで、視界が揺れずハッキリ見えるように機能します。

前庭動眼反射(VOR)の働きは、高性能カメラの「手振れ防止機能」と同じ。
歩きスマホが出来るのも前庭動眼反射(VOR)の働きです。

頭の動き逆方向に目が動き、互いの動きを打ち消し合い視線の位置を安定させます。

前庭動眼反射(VOR)と前庭脊髄反射(VSR)の連携

前庭動眼反射(VOR)の他に重要な前庭系の反射があります。
それが「前庭脊髄反射(Vestibulospinal Reflex, VSR)」です。

前庭脊髄反射(VSR)は、頭部の動きに合わせて体幹や下肢の筋肉活動を調整し、姿勢やバランスを保つ役割を担っています。
例えば、頭を傾けた際に身体が反対方向に動いて重心を保ちます。
これが、前庭脊髄反射(VSR)の働きです 。

前庭動眼反射(VOR)前庭脊髄反射(VSR)は異なる機能を持ちながらも、密接に連携し協調して機能しています。
だからこそ、安定した立位バランスを保ち動的な活動をスムーズに行うことができます。

歩行中に頭が揺れる際、前庭動眼反射(VOR)が視界を安定させつつ、前庭脊髄反射(VSR)が身体の重心を調整しています。
転倒せずに前進できるのは、これらの反射が統合的に運動制御を行っているからです。

2. 前庭動眼反射(VOR)のメカニズム

三半規管 前庭器官

前庭動眼反射(VOR)の働きは、耳の奥(内耳)に位置する「前庭器官」から始まります。
前庭器官は、重力や加速度に関する情報を感知する身体の「動きのセンサー」です。
前庭器官には、主に「3つの半規管」「2つの耳石器(球形嚢・卵形嚢)」二種類のセンサーが存在します

これらの半規管や耳石器からの刺激が、前庭神経核という脳の部位を介して眼球運動を制御し、前庭動眼反射(VOR)が発動します。

3つの半規管=三半規管

三半規管 後半規管 前半規管 水平半規管

半規管は、頭の「回転運動」を専門的に感知するセンサーです。
内耳には、互いに直交する3つの半規管(前半規管、水平(外側)半規管、後半規管)があり、この総称が三半規管。
半規管の内部は内リンパ液で満たされています。
半規管の膨大部と呼ばれる場所には有毛細胞があり、その感覚毛はゼラチン質のクプラに覆われています。

頭が回転すると内リンパ液が動き、クプラが変形することで有毛細胞が刺激されます。
この刺激が脳に伝わり、回転運動を正確に感知します。

内リンパ液 膨大部 クプラ 三半規管

2つの耳石器(卵形嚢と球形嚢)

耳石器 球形嚢 卵形嚢 前庭規管

耳石器(卵形嚢と球形嚢)は、頭の「直線的な動き(直線加速度)」や「重力による傾き」を感知します。

有毛細胞の表面にあるゼラチン状の耳石膜と、その上に炭酸カルシウムの「耳石器」があります。
頭の傾きやエレベーターの昇降のような直線的な加速・減速によって耳石器ずれることで有毛細胞が刺激されます。

  • 卵形嚢(らんけいのう/英:utricle)
    水平方向の動き(左右や前後)や、重力に対する頭の傾きを感知します。
    例えば、頭を右に傾けると卵形嚢内の耳石が動き有毛細胞に刺激が伝わります。
  •  球形嚢(きゅうけいのう/英:saccule)
    垂直方向の動き(上下)や、ジャンプ・階段の上り下りのような加速度を感知します。
    地面からの反発力や自分の身体が上下する動きを感知するのに重要です。

脳への情報伝達と眼球運動の制御

内耳 三半規管 前庭神経

内耳センサーで感知された頭の動きの情報は、前庭神経を通じて脳に伝達されます。
この情報は、脳幹にある「前庭神経核」という中継地点を経由して、眼球を動かす筋肉を支配する神経核群へと直接指令が送られます。
これが前庭動眼反射(VOR)の「直接経路」で、頭の動きを補正する眼球運動を素早く誘発します。

例えば、頭が右に回転すると右側の外側半規管が興奮し、この情報が前庭神経核に伝わります。
前庭神経核は、左目外直筋を収縮させて外(左)側に動かします。
同時に右目内直筋を収縮させて内(左)側に動かします。
この様に両方の眼球が頭の動きとは逆の左方向へゆっくりと動きます。

頭部の直線的な動きは、耳石器が感知して眼球運動が誘発されます。

複数のセンサーが連携して複雑で正確な情報処理を行っています。

眼球運動 上直筋 上斜筋 内直筋 下直筋 下斜筋 外直筋

回転性前庭動眼反射と並進性前庭動眼反射

前庭動眼反射の種類 感知する動き 主なセンサー 具体例
回転性前庭動眼反射 頭の回転(角加速度) 半規管 首を左右に振る、ダンス、走る
並進性前庭動眼反射 頭の直線的な動き(直線加速度)/重力 耳石器(卵形嚢・球形嚢) 歩行中の身体の揺れ、エレベーターの昇降、車の加速・減速

前庭動眼反射(VOR)は、感知する動きの種類によって「回転性前庭動眼反射」と「並進性前庭動眼反射」の二つに大きく分けられます。

  • 回転性前庭動眼反射 (Rotational VOR)
    主に半規管が感知する頭の「回転運動」に対応して引き起こされる前庭動眼反射(VOR)。
    首を左右に振る、身体を回転させるなどの動きに対応。
    頭が右に回旋すると眼球は同じ速度で逆方向に動いて視覚を安定して保つ。
  • 並進性前庭動眼反射 (Translational VOR)
    主に耳石器が感知する頭の「直線的な動き」や「重力による傾き」に対応して引き起こされる前庭動眼反射(VOR)。
    歩行中に身体が上下左右に揺れる動き、車に乗っている時の加速や減速などに対応。
    歩行中にスマートフォンを見られるのは、並進性前庭動眼反射(VOR)の働きが大きい。

なお、自発的に首を振る動き等は、回転運動だけでなく並進運動も伴うので2つの前庭動眼反射(VOR)は常に協調して働いています。

3. 前庭動眼反射(VOR)とスポーツパフォーマンス

スポーツ選手にとって、前庭動眼反射(VOR)高いパフォーマンス発揮するためにも重要です。
視線の安定は、状況把握能力・動作の安定性・集中力・メンタル面等が強化されます。

例えば、
サッカーのドリブル中に相手をかわす際、頭が激しく揺れてもボールと相手の動きを目で追うことが出来ます。
野球で変化球を打つ時には、頭の動きに合わせて目をスムーズに動かしボールの複雑な軌道を正確に予測するのに役立ちます。

これは、前庭動眼反射(VOR)の機能が視覚情報処理だけで無く、認知機能・心理状態・全身の運動制御にまで影響を及ぼす証拠です。

4. 前庭動眼反射(VOR)の驚くべき「適応能力」と学習メカニズム

前庭動眼反射(VOR)の驚くべき特性の一つは、「適応能力(可塑性)」です。
例えば、新しい眼鏡をかけた時など、前庭動眼反射(VOR)が調整されて視覚の安定性を保つ能力です。

新しい眼鏡での適応の例

メガネ 合わない

新しい眼鏡をかけると、最初は視界が歪んで見えたり、物が遠く感じたりすることがあります。
新しい眼鏡では、網膜に映る像の大きさが変わり前庭動眼反射(VOR)が今までの補正では上手に調整出来ないため起こります。

しかし、しばらくすると脳(特に小脳)がこの「ずれ」を学習し、前庭動眼反射(VOR)を自動的に調整してくれます。
新しいレンズに合わせてカメラの手振れ補正機能が自動調整されるのと同じです。

前庭動眼反射(VOR)は視覚情報と密接な連携を行うことで可能となります。
視覚は「補助」では無く、前庭系と並んで視覚安定化の重要な「共同作業者」。
つまり、視覚前庭動眼反射(VOR)適応能力(可塑性)の重要な一つです。

この相互作用は、脳が常に複数の感覚情報を統合し、環境の変化に柔軟に対応する高度な能力を持つ証拠です。

5. 前庭動眼反射(VOR)の機能低下

前庭動眼反射(VOR)機能低下、あるいは過剰反応では、視覚の安定性が損なわれます。
そのため、視界が揺れる「動揺視」という症状が現れることがあります 。

歩行頭部を動かす際顕著に感じられ、日常生活動作に大きな影響を与えることがあります。
例えば、歩きながら看板の文字を読もうとしても、文字がブレて読みにくく感じることがあります。

前庭系全体の機能低下は、姿勢やバランスの不安定化にもつながります。
前庭脊髄反射(VSR)が過剰に働くと、バランスを崩した際に必要以上に大きな筋活動が起こり、かえって姿勢が不安定になることもあります 。

動揺視は単なる視界の揺れに留まらず、状況把握の困難さ、転倒リスクの増加、そして日常生活動作の困難さへと連鎖的に影響を及ぼします。

心理状態と前庭反射の関係

心理状態 幽霊 柳

不安や恐怖といった心理状態も前庭系の反射に影響を与えることがあります。
揺れる柳が幽霊に見える理由がこれかもしれません。

不安や恐怖によって視覚情報の処理が影響を受けると、脳内の視覚野と前庭核との連携が妨げられて前庭動眼反射(VOR)の適切な反応が減少することがあります 。

不安状態では「視覚過敏」が生じやすいです。
動くものや急な視覚変化に過剰に反応して前庭動眼反射(VOR)が過剰に作動し、結果的に視界の揺れや不安定感を引き起こすこともあります。

前庭覚が過敏な子供は、揺れや動きに対して過剰に反応して不安や緊張が高まりやすい傾向があります。
この様に、前庭動眼反射(VOR)機能不全は身体だけでなく、精神的なストレスや生活の質低下にも関係します。

6. 前庭動眼反射(VOR)を強化するトレーニング

前庭動眼反射 トレーニング VOR

前庭動眼反射(VOR)は、適切に訓練することで改善可能です。

具体的な前庭動眼反射(VOR)を強化するトレーニング例

  • 頭を動かしながら壁に貼った文字や絵など一点をじっと見つめる
  • 自分の親指を目の前に立て、それをじっと見つめながら顔を左右、上下、斜めに動かす
  • 一点を見つめて目を閉じ、顔を上下左右に動かした後、目を開けた瞬間に視点がずれていないかを確認する

上記を継続することで、前庭動眼反射(VOR)が鍛えられます。
日常生活での視界の安定性はもちろん、スポーツパフォーマンスの向上にも繋がります。

さらに、痛み等の不調が前庭動眼反射の弱さに要因があれば、痛みの改善にもなります。
当院では、腰痛等の改善のセルフケア指導に使ったりしています。

前庭動眼反射(VOR)のまとめ

前庭動眼反射 VOR

前庭動眼反射(VOR)は視界を安定させ、日常生活をスムーズに送るために不可欠な「天然の手振れ補正機能」です。
内耳の精巧なセンサーが頭の動きを感知して脳が瞬時に目の動きを調整する複雑な仕組みによって支えられています。

前庭動眼反射(VOR)は、単に視界を安定させるだけではありません。
・スポーツパフォーマンスの向上
・不安や恐怖といった心理状態にも影響
・身体と精神の統合的な機能
を持ちます。

前庭動眼反射(VOR)は環境の変化に適応し、自らの機能を最適化する「可塑性」という能力を持ちます。
この適応能力(可塑性)は、トレーニングで向上させることも可能です。

もし視界の揺れやバランスの不安定さを感じる場合は、前庭動眼反射(VOR)の機能低下が原因かもしれません。
その場合は適切なトレーニングや専門家のアドバイスを受けて、前庭動眼反射(VOR)の機能を改善することも重要です。

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